若狭高校商業科雑誌57号

素敵な表紙デザインの若狭高校商業科雑誌57号が発刊されました。先生方や生徒諸君の熱意と努力で57年間も続いている母校の誇りの一つです。何はともあれ充実した内容と途絶えることなく続けられていることに敬意を表します。
                                                              
私も卒業時に‘就職体験記’を投稿した覚えがかすかに残っています。若高商業科雑誌につきましては生みと育ての親‘吉田正喜先生’が自書‘南窓雑記’で詳しく書いておられますので内容については一目瞭然です。     
 
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昨年、お元気で満90歳をお迎えになり卒寿の記念に「南窓雑記」をご出版された恩師・吉田正喜先生は若高商業科雑誌について次のように述べておられます。
                                                                                                                        
若狭高校が他校に類をみないものとして誇ることができるものが二つあった。「あった」と過去形にしたのは、一つが残念乍ら十四、五年前に廃止され、今は存在しないからである。それは学年、学科の枠をはずした縦割りホーム・ルームシステムである。「教養のある社会人の育成」を目標に「異質のものに対する理解と寛容」を根本理念として生み出されたが、平成6年に半世紀近い歴史を閉じた。それを惜しみ復活を願う声が今なお聞かれるが、「落花枝に返らず」で致し方はない。
もう一つは制度でなく、永年に亘って受け継がれている伝統、つまり或る創造的な活動が脈々と守り伝えられている「商業科雑誌」の発行である。昭和28年の創刊以来一度も中断されることなく次号で57号になる。学校は固より官公庁や民間企業など団体が機関誌的な類を刊行することがあっても、多くは永続きせず、たとえ継続されても時どき中断を余儀されるのが実情である。(中略)ところで雑誌発行は生徒側の発意に出たものでなく、教師方が提案し発刊にこぎつけた。まずはこれはと思う生徒に意向を伝えた。生徒達に対しては集会を行って壇上から趣旨を説明した。10月半ば頃だったと思うが、この頃になると3年生はクラブ活動から退き、また就職試験もあらかた終わっている。卒業まで半年近くを残し乍ら、ぽっかりと穴の開いた空白の時期と言える。(中略)これまでの歩みを振り返ってみると、途は必ずしも平坦でなかった。早くも翌年続行が危ぶまれる事態に見舞われた。9月末頃の台風で学校は十日ほども休校となり、私が担当していた就職業務も停滞した。雑誌どころではなくなり大いにためらった。しかし折角始めたものをここで途絶えさせてはならないとの念いが発行を促した。
「継続は力なり」というありふれた言葉がある。確かにそれには違いないけど、逆に力があればこそ今日の「商業科雑誌」を将来に繋げてゆけるのである。(中略)他校に例をみないものとして誇ることのできる「商業科雑誌」の一層の充実と発展と継続を願うにたえない。
 
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冒頭のアメリカ在住 林ケ谷昭太郎先輩(4回卒)の「米国大統領選挙2008年」は興味深く読まさせていただきました。16頁に亘って書かれていますが要はオバマ新大統領が知識・資質・人格にすぐれ、いかに志が高い人物であること。逆に今の日本について政治家は官僚政治を許し、私物化して国民を犠牲にしてきた。日本国民の政治に対する無関心についても鋭く指摘されています。
‘皆さん選挙では貴重な一票を必ず行使しましょうね!’(これはもりもり発言です)
 
関西青戸会副会長の中野清次先輩(14回)は関西在住者との身近な交流や日ごろの活動を中心に書いておられます。私の事や、このブログも取り上げ紹介していただいてとても恥ずかしい気持ちです。中野先輩は‘趣味は同窓会’と皆から言われるほど青戸会や同級生との活動に積極的で中野先輩がおられれば何でも安心して任せられる一面があります。若高の新聞部で活躍されただけに文章の表現も楽しく、お酒と演歌をこよなく愛する頼りになる先輩です。
 
ご退任された鈴木 治先生(17回卒)は‘リーダーを目指せ’と高らかに生徒達に呼びかけられておられます。伊藤忠商事の小林栄三社長(18回卒・普)を例えてにだされて、リーダーとして必要なのは若高の教育理念である‘異質のものに対する理解と寛容’と、自らを律する自立の心であるとも書かれています。最後には第二第三の小林栄三さんを目指して下さいと結んでおられます。
小林栄三社長はある雑誌に以下のように書いておられます。

‘高校時代に人間観培う’

私の生まれは福井県西部の上中町。NHKの朝ドラ「ちりとてちん」の舞台のすぐ近くです。高校は地元の県立若狭高校で、この学校には「ホーム制」というユニークなクラス編成がありました。普通科、商業科などの通常のクラスとは別に、科や学年を超えた40のホームがあり、文化祭などはホーム単位で参加しました。科が違えば人生の方向も違います。多様な価値観に常に直接触れた事で、人を見る目や見方を養えたと思います。

ある時、紛失事件が起き、商業科の友だちが犯人扱いされました。私のいる普通科は進学組で、教師は日ごろから普通科に甘く商業科に厳しかった。この一件もそんな見方が背景にあり、その生徒自身をきちんと見たものとはいえなかった。私はこの点を全校集会で猛烈に抗議しました。多くのことを教えてくれたホーム制でしたが、10年ほど前に廃止され、誠に残念でなりません。

 

生徒の「体験と~く」コーナーで‘色長’と言う言葉が出てきて何かと思ったら、学校内行事の際に学年の枠を超えて縦割りにしたチームを作り色別に分けて参加していることを知りました。色別の組のリーダーを色長と呼んでいたのです。昔のホームルーム制の名残りであることが良く分かり「異質のものに対する理解と寛容」の教育方針がこんな形でも実行されていることが良く分かり嬉しく思いました。
 
名古屋商科大学に進学するT君。進学後も野球を続けることや確りとした自分の目標をかかげています。高校生として素晴らしい考えをしていると驚き感心しました。早速、同大学野球部のHPを私のお気に入りに登録しました。T君の活躍がHPで見られることを楽しみにしています。
T君ばかりでなく多くの生徒さんが両親・先生やクラスメートに対して感謝の気持ちを表しています。素晴らしいことですね。
 
次号も楽しみに待っております。商業科雑誌を希望の方は学校に申し込むと送ってくれます。その中に寄付金3000円の振込用紙が同封されており振込みが必要です。学校の様子が良く分かり内容がとても充実していて楽しめます。57号については余分があるかどうかは不明です。
 
 
 

wakasahs15th について

カメラを通して美しい自然や日本伝統の祭りなどを楽しんでいます(^^♪
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