源氏物語 宇治十帖‘浮舟の恋’

宇治観光ボランテイアの案内で源氏物語「宇治十帖」の古跡を物語順に訪ねる約10kmのハイキングに雨のなか参加し平安時代の熱烈な恋に触れる事が出来ました。源氏物語54帖のうち最後の10帖(橋姫から夢浮橋まで)は、その主要な舞台が宇治の地に設定されていることから「宇治十帖」と呼ばれています。光源氏亡きあと、末子の薫の君・孫の匂宮の二人の男性と宇治の三姉妹との実らぬ恋の物語です。宇治橋を中心にした両岸にそれらの古跡があります。参加者15名が2班に分かれて10時JR宇治駅をスタートです。
 
まずは作者として知られる女流文学者である紫式部像です。日本最古と言われる宇治橋の西詰にあります。華やかな貴族文化の花を開いた王朝時代に登場した才媛です。
  
観光協会の方からいただいた物語の概略内容(青字の部分)を頭にたたきこんで、それからそれぞれの古跡を確認していきます。
第45帖「橋姫」
 自分の出生に不安を覚える薫君(20-22歳頃)は、光源氏の異母弟で仏道に帰依する八宮の宇治の山荘に足繁く通うようになります。八宮が不在の折に、二人の姫君の合奏を垣間見た薫君は、姉大君に心ひかれ、二人は文を交わす間柄になりました。八宮の山荘の女房から、自分が光源氏の本当の子ではないと知らされた薫君は、驚きうちひしがれてしまいます。ある時薫君は宇治での話を匂宮に聞かせ、姫君へのあこがれをいだかせてしまうのでした。
古跡の橋姫神社は本来は橋の守り神ですが、現在は縁切りの神として有名だそうです。平等院の近くにあります。古くは宇治橋三の間(上流側に張り出した部分)に祀られていました。橋姫は平家物語や古今和歌集にも登場し色んな顔を見せています。
  
第46帖「椎本(しいがもと)」
 匂宮は初瀬詣の帰りに宇治で京より迎えにきた薫君とともに宴をはり、管弦を楽しみます。そして、京へ帰った匂宮は八宮からの文をきっかけに大君の妹中君と文を取り交わすようになります。一方、薫君はますます大君に心をひかれていきます。やがて、八宮は薫君に姫たちの行く末を頼みながら、山寺で寂しくその生涯を閉じます。薫君は、なにかと姫たちの暮らし向きに心を配りますが、そのなかにも姉大君への思いが育っていきます。
彼方(おちかた)神社が椎本の古跡です。この付近は昔は森であったそうです。京阪宇治駅の近くです。雨の中、川霧がかかった宇治川がとても綺麗です。
   
第47帖「総角(あげまき)」
  八宮の一周忌の日に、薫君は大君に想いを訴えますが、独り身を通すつもりの大君は、妹の中君との結婚を勧めます。思いを遂げられない薫君は、匂宮と中君が結ばれることで大君の心が得られるものと考え、策をめぐらせて二人を結ばせます。しかし、匂宮の訪れが遠のいたことから、責任を感じた大君は悲嘆のあまり病の床に伏してしまいます。見舞いに来た薫君の献身的な看護に大君ははじめて心を開きますが、薫君に抱かれて死んでしまいます。
物語では宇治八宮山荘は平等院の対岸のこの辺りと想定していたようです。現存する日本最古の神社建築で世界遺産である宇治上神社近くです。神社の屋根の美しさは格別です。
                               
  
総角結びを記念にいただきました。人と人との縁を結ぶ縁起のいい結びで、鎧や御簾(すだれ)や文箱などの飾りに使われてきました。宇治上神社でも多く見られます。
                  
第48帖「早蕨」
  父についで姉も失った中君は、寂しい日々を送ります。薫君は、大君の亡き面影を中君に認め、複雑な思いになります。やがて、中君は匂宮の二条院に迎えられ幸せな日々を送りますが、薫君がたびたび顔を見せるようになり、匂宮は嫉妬を感じるようになります。
古跡は大吉山山頂付近や宇治川左岸に置かれたこともありました。春にワラビや山菜がたくさんとれると言うことです。現在は大吉山の麓の宇治神社の裏側にあります。
  
第49帖「宿木」
薫君は帝から娘二宮との結婚を望まれ、気が進まないままに承諾します。一方匂宮は左大臣の六君と結婚することになります。薫君は中君に心ひかれ思慕の情を示しますが、匂宮の子を宿していた中君は、薫君に、大君に生き写しの異母妹浮舟の存在を告げます。薫君は宇治を訪ねた折りに浮舟の姿を垣間見て、大君に生き写しの姿に強く心をひかれます。
ここでヒロイン浮舟が登場します。宿木はケヤキなどに寄生する植物の事です。宇治川のほとりのあちこちで見られます。古跡は日本最大である浮島十三重石塔近くの対岸にあります。
   
第50帖「東屋」

浮舟は、八宮に仕えていた中将君と八宮の間とにできた身分の低い姫です。求婚者がありましたが、それは浮舟の養父の財産を目的としたものでした。その縁談が破れ、浮舟は中君のもとに身を寄せます。そこで偶然出会った匂宮に言い寄られ、驚いた母は浮舟を三条の小家にうつします。浮舟の消息を聞いた薫君は、浮舟を引き取って宇治に移しますが、浮舟を愛しく思いながらも大君の面影がよみがえり思わず涙するのでした

東屋観音と呼ばれる石像が東屋の古跡です。京阪宇治駅近くです。

  

第51帖「浮舟」 

匂宮は、浮舟のことが忘れられずその行方を捜します。宇治で薫君にかくまわれていることをつきとめ、闇に乗じて薫君を装い浮舟と強引に契りを結びます。最初は驚いた浮舟ですが、次第に匂宮の情熱に引き込まれていきます。一方、このことを知った薫君は浮舟を見捨てることなく、厳重な警備をして匂宮を近付けなくしてしまいます。穏やかで誠実な薫君と情熱的な匂宮の間で悩み苦しむ浮舟は、ついに死を決意して山荘を出ます。

匂宮と浮舟が小舟で宇治川に漕ぎ出すモニュメントが朝霧橋の辺にあります。

                                          

 

浮舟の古跡だけは宇治川から遠く離れて三室戸寺の境内にあります。昔は奈良街道沿いに浮舟社という社があり水上交通の守り神であったそうです。その後、数回の移転を経て現在地に来ました。三室戸寺の鐘楼の側にひっそりと佇んでいます。

  

第52帖「蜻蛉(かげろう)」

 浮舟の姿が見えなくなって、山荘の人々は慌て戸惑いますが、消息がわからないことから、死んだものだと判断して、形ばかりの葬儀を済ませます。匂宮は悲嘆の余り病床に伏してしまいます。薫君は、都で華やかな日々を送りながらも、亡くなった大君、匂宮に渡してしまった中君、行方も知れずに消えてしまった浮舟と、八宮ゆかりの姫君たちのことを思い、物悲しい思いに沈んでしまいます。

蜻蛉石がかげろうの古跡です。自然石に阿弥陀三尊が線彫りされています。かげろうのように消えてしまった浮舟、、、、、、古跡は平安時代からのもので源氏物語ミュージアムの近くにあります。

   

第53帖「手習」

死ぬつもりで宇治の川べりを徘徊し倒れていた浮舟は、横川の僧都に助けられ、妹尼の手厚い看護を受けて回復しますが、心ならずも生き長らえたことを悲しみ、泣き暮らしていました。そして、妹尼の亡き娘の婿に求婚されたことから、剃髪して尼になり、静かに暮らします。こうした事情はやがて、浮舟のことが忘れられず、悲しい思いで沈んでいる薫君の耳に入ります。

昭和になって建てられました。手習いの筆の穂先のような形です。京阪三室戸駅近くです。

   

第54帖「夢浮橋」

横川の僧都に会って、浮舟が生きていることを確認した薫君(28歳頃)は、浮舟の弟小君に、横川の僧都の文とともに自分の想いを書いた文を持たせて、小野の里に遣わせます。浮舟の心は思い乱れますが、人違いだといって小君に会おうとはしません。帰ってきた小君の様子からことを察した薫君は、文を出さねばよかったと気落ちし、自分がかつてそうしたように、だれかが浮舟をかくまっているのではないかと思い悩むのでした。

夢浮橋は現実に存在しない橋ですが古跡の碑は宇治橋の辺の紫式部像の側に佇んでいます。右の写真は宇治橋の東詰の‘通園茶屋’ですが、平安時代創業で吉川英治の小説「宮本武蔵」にも登場する有名な茶屋です。現在の建物は江戸時代のものですがお茶一筋で凄いですね!広辞苑でも検索で出てきます。

  

53帖・手習と54帖・夢浮橋はどちらかと言うと京都洛北の小野地区(上賀茂神社近く)がふさわしいようですが、宇治の方々が宇治十帖だから宇治の地であって欲しいと思い宇治へ持ってきたようです。

紫式部の原作・源氏物語は当時の行事やしきたりなどがぎっしり書かれていて後の時代の教科書として扱われていたようで、恋愛物語ばかりではなかったようです。 

  

 

wakasahs15th について

カメラを通して美しい自然や日本伝統の祭りなどを楽しんでいます(^^♪
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源氏物語 宇治十帖‘浮舟の恋’ への2件のフィードバック

  1. 悠々亭 より:

    なかなか読み応えのあるレポートですね。宇治も毎年行くところで、「源氏ミュージアム」も紫式部像も知っているのですが、知っているだけでした。おかげで大変勉強になりました。宇治には紫式部と言うか、源氏物語がぎっしり詰まっているようですね。今年は「源氏ミュージアム」に入ろうと思います。土地を旅することは、その土地の歴史や人を知ることで、グ~ンと厚みを増すものです。

  2. 元気 より:

    悠々亭さんも宇治へは良く行かれるそうですね。ボランテイアの方が宇治は経済発展はないけど、その分歴史がきちんと残っています、と言っておられました。宇治十帖では‘平安時代の男性も良くやるな’と思いますが、貴族は別として庶民の恋愛はどうだったのでしょう?平民として気になります。宇治は宇治川の畔の春の桜と、琴坂ともみじ谷の秋の紅葉が素晴らしいようです。是非、また訪れたいところです。

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