若狭高校新聞部卒業生の集い

若狭高校新聞部14-16回卒業生の集いが卒業後はじめて故郷・小浜で開かれました。私のブログ記事がきっかけになったので、1年のみ在籍の私は本来は資格がないのですが末席に加えていただきました。出席者は14回2名・15回5名・16回5名の計12名でした(対象者は21名)。
       
最初に、早く旅立たれた37年度部長の故・猿橋美穂(旧姓:小林)先輩に全員で黙祷を捧げました。とても明るくて積極的で統率力抜群の女性部長で大活躍されました。
開会の挨拶は小河君(15回卒)、38年度の部長で今回の集いの仕掛け人です。温厚で沈着な彼は新聞部を統率し 執行部や生徒、そして先生方をも鋭いペンで叱咤激励し続けました。
乾杯の発声は中野先輩(14回卒)。14回は部には男性が1名のみであり、テニス部マネージャーを兼務する傍らスポーツ面を一手に引き受けて新聞部を支えました。現在、関西青戸会会長として母校と卒業生のために大活躍されています。同窓会と酒と競馬を愛する我らの良き先輩です。
司会進行役は新聞部・放送部・映画研究部を掛持ちし各方面で活躍した盛次君(15回卒)です。‘でんやん’の愛称で誰からも愛されました。放送部で鍛えた持ち前の喉とユーモアたっぷりの話術で楽しく進めてくれます。映画研究部在籍の最大のメリットは映画館の無料入場券を多くゲット出来たことだそうです。そういえば当時は市内に映画館が2軒もありました。また放送部のお昼の番組で盛次君が企画した‘ジャズ・ウエスタン・ハワイアン・映画音楽等の特集’が生徒に大人気でした。私も当時から映画音楽が大好きで深夜のラジオ番組にかじりついていました。学校でも好みの音楽が多く聴けて昼食が楽しく出来ました。もっと長い時間をやってくれたらな~と思っていました。
   
                             
14回卒の下中先輩は母校の事務室に永年勤務され新聞部の活動を傍で見てこられました。時間が経つにつれ新聞に最も必要な批判精神がなくなり、次は記録記事だけとなり、そして発行回数が減り、最後には活動も無くなってしまったとのことで残念がっておられました。現在も新聞部の活動はないようです、残念。また生徒会の執行副委員長としても活躍されました。今回も母校や新聞部のことになると熱弁をふるわれます。
       
新聞部は伝統的に女性上位だったようです。部員数は圧倒的に女性が多かったです。15回生卒業時の記念写真で15-17回生が映っています。顧問は松井先生でした。なんと可愛いこと!!!
        
話題がいっぱいあって、あちこちに飛んでしまいます。司会者が交通整理をして戻してくれます。でも母校は長髪・映画館や喫茶店への出入りなど殆どがOKで他の高校と比べるととても自由な校風でした。先生方は生徒を信頼していただいていたようです。部員が全員入れなかった階段下の暗い部室で激論を交わしたことも懐かしい想い出です。
36-37年度に新聞部の顧問をされ富山高校へ移られた和田先生が寄稿文を寄せられ、若高新聞は高校新聞としてはかなり高い水準をいつも保っていた。学校新聞にとかく失われがちなニュース性、タイムリーな企画、バラエテイに富んだ紙面、すっきりした割付け、そしてそれらの底に流れる批判精神・・・・そんなものがいつも感じられた。と書いておられ嬉しい限りです。文化部の中で断トツに予算があった新聞部ですが、それなりの実力は備えていたようです。当時の若高新聞を食い入るように見つめる卒業生の皆さん。
   
                             
15回生です。この年のホットな話題は執行委員長に対するリコール成立と野球部の甲子園出場で新聞部も大忙しの年でした。
私は1年時の広告取りのみでした。でも商店街の皆様は快く応じて下さり、大きな自信になりました。以後、社会人になってから、この1年間の飛び込み営業活動が大きな支えとなりました。平成17年度の京滋・阪神合同青戸会に「若高時代の思い出」として投稿下さいました坂本先生は、若高在籍中は強烈な印象が残っている。その原因は「自由な校風」であり、若狭高校の、管理よりも自立を重んじる理念と、小浜を中心とした若狭の人々の目によるところが大であった。転校した大阪の学校では考えられないこと・・・・・と。そうですね、地元の皆様の温かい目がなければ若造の広告取りはそんな簡単には出来ませんでしたね。
       
     
16回生です。今回一番若いだけに元気で賑やかです。男性も女性も新聞記者や詩人を夢見ていた文学少年・少女の本格派ばかりです。いま地域のPR誌作成を担当してて若高新聞部時代の割付・校正作業が随分役立っているそうです。現在、母校の中庭にある「学園広場」の名付け親もおります。
       
最後に校歌を斉唱し16回卒の常田君(39年度部長)の中締めで散会し、場所をコーヒーショップに移して更に歓談しました。
  
折角、46年経って再会出来たので、継続して開催していきましょう!との声も上がりました。当然ですね!
 

 

wakasahs15th について

カメラを通して美しい自然や日本伝統の祭りなどを楽しんでいます(^^♪
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若狭高校新聞部卒業生の集い への3件のフィードバック

  1. 仏のような先輩 より:

    もりもり元気さん新聞部の集いのブログへの掲載、ありがとうございました。短い時間でしたが、実に楽しい会でした。正に<青春にカムバック!>でした。私は少々酩酊していたので、後半の会話の記憶が怪しかったのですが、ブログの文章を読んで、だんだん記憶が戻って来ました。特に同輩の永井さんがお話になったことは印象に残っています。時代が変わっているのは仕方のないことですが、寂しい気分にさせられました。この会の継続をぜひお願いしたいですね、よろしく!  (仏のような先輩からでした)

  2. 元気 より:

    先輩 遠路出席していただき有難うございました。本当に楽しい会でした。運動部の集いとは若干違った雰囲気でもありました。46年ぶりでも皆さん話しをしたり聞いたりしている内に序々に記憶が戻ってきて若高新聞部生に戻ったようでした。司会者の指示で旧姓で呼び合ったのも良かったですね。永井先輩が若高新聞部の衰退を目にされてきただけにお聞きしていて残念に思いました。1年在籍の私でさえそうですから先輩はじめ皆さんの無念さを察することが出来ます。学校新聞はその学校の顔でもあると思います。先輩の言われるように是非継続出来ればと思います。小河君や盛次君にも伝えますので先輩もご協力宜しくお願いします。

  3. 元気 より:

    その後の収支の精算をした際、以後も継続開催することを確認しました。楽しみにしています。

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