若狭高校商業科雑誌・第60号

毎年度末になると、いつも楽しみに待っている若狭高校商業科雑誌第60記念号が届きました。60年も続いてきた生徒諸君の力作です。

表紙は赤﨑有紀君作です。テーマは「アナログとサイバー」「サイバーの有する宇宙の可能性」対なる二つの融合とネット社会の可能性だそうですが年寄には難しい内容です。しかしカラフルで楽しい表紙に出来上っています。

昨年は母校・商業科・卒業生いずれにとっても悲しい出来事がありました。それは「商業科雑誌」を立ち上げられた吉田正喜先生が夏に92歳で亡くなられた事です。 (写真は吉田先生が平成17年の関西青戸会に出席され、昭和38年度卒業(15回卒生)の新阪急ホテル入社1期生とのスナップです)

本号でも、冒頭の中島校長、弔辞をよまれた加福秀行先生そして松崎先輩(10回卒・前関西青戸会会長)と中野先輩(14回卒・現青戸会会長)が、かなりのページを割いて、吉田先生へのそれぞれの思い出を投稿されておられます。(以下抜粋します)

吉田先生は小浜中学から早稲田大学にすすまれ、卒業と同時に召集されました。終戦を北端の占守島で迎えられ、昭和20年から4年間のシベリア抑留生活を余儀なくされました。厳冬のシベリアで充分な食料も与えられず重労働に耐えらざるを得ない辛い日々をおくられました。それらの体験から「「人間同士が憎しみ合い、殺戮し合う戦争は、地球上から永劫に抹殺されなければならない」」と本刊第58号で「語り継ぐ戦争」と題してや、ご自身で発刊された南薫抄、城南雑記、南窓雑記(写真三冊)でも繰り返し語られています。

先生は昭和24年10月に引揚げ船で舞鶴に戻られ、若狭高校に赴任されたのは昭和25年4月、以後54年3月までと昭和61~62年の計31年間母校の教壇にたたれました。先生の回顧録でも、この若高時代が人生の一番充実した時期であったと書かれています。生徒は、いつも経済理論をパンを題材にして分かりやすく教えて下さった事から「パンさん」の愛称で呼ばれていました。

また就職指導を長くされた関係から各地の同窓会の育成に格別の熱意をもって取り組まれました。同時に毎回我々の同窓会に出席され元気なお顔を見せて下さいました。

先生は謡曲、能、歌舞伎、読書、絵画など深くて広い教養を身につけておられました。私がご自宅に伺った際に戴いた先生の作品です→

パン先生が旅立たれ心にポッカリ空白が出来た感じがします。先生安らかに。合掌

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昔、甲子園の常連校だった母校も音沙汰が無くなって40年近くにもなろうとしています。監督2年目の桂田先生が 期待に応えてくれるかもです。監督は若高卒業後、日体大でレギュラーとして活躍され22年ぶりに戻って来られました。同大学同期生で甲子園出場監督は1人のみで、是非2人目になりたいと言っておられます。同大学のネットワークを利用した強豪校との練習試合を組めるのが強みです。監督、期待していますよ。

被災地の郡山市・福島県立あさか高校生との「手紙の絆」に心をうたれました。実際に地震や放射能汚染を体験した同年代の高校生との交流で、被害の大きさを肌で感じ、原発銀座と呼ばれる若狭地区の怖さも理解出来たようです。あさか高校生は若狭地区の原発の多さも分かっており逆に心配をしてくれているようです。東北地方の人々が一日でも早く心から安らげる日が来ることを願っていますと結んでいます。

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男女ボート部の実力が全国レベルです。インターハイで女子ダブルスカルが二連覇。男子舵手付クォドルブルが準優勝と大活躍です。男子の窪君が「忘れられないインターハイ」と題して部活を振り返っています。 予選のあと2年生の脱走事件が発生!その後の話しあいで2年生から涙の訴えがあり、ミーティングで強い絆が生まれ準々決勝、準決勝と勝ち進み準優勝と言う素晴らしい結果に結びついたようです。

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編集委員長の竹中君。同級生を良くまとめて立派な記念号にしてくれました。企業の皆さんからの寄付金に感謝との事です。

バックアップをして下さった先生方です。

母校の商業科と情報処理科は学校再編で 他校へ編入されるような噂が流れています。どのような結果になっても、この商業科雑誌は引き続き残して欲しいものです。

wakasahs15th について

多くの友人と山や自然を楽しんでいます
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若狭高校商業科雑誌・第60号 への4件のフィードバック

  1. しーちゃん より:

    mori2さん、昨日も今日も晴れまして山に行きたいですが、思うように行けません。

    今日は下の子の卒業式に行きました。青空のもと、みんな着飾って元気です。
    友達の輪っていいもんですね。
    学長さんがおっしゃっていました、「これからもフェイスブックで皆さんも大学と繋がっていますよ」
    なるほどネット社会だと、実感しました。

    これで子育て一段落、あとは見守ります。
    今週末のお天気はどうでしょう?25日は法事で行けないですが、3月中に山、あと1回予定あります。

  2. wakasahs15th より:

    しーちゃん お子様のご卒業おめでとうございます。
    立派な社会人になられて良かったですね。これで親として責任を果たしたことに
    なります。
    私も3年前に下の息子の卒業式に参加しましたが、後輩達のパフォーマンスに
    大変感動しました。「最近の若いやつは」と言う思いも「中々やるな」に変わりました。

    山は昨日、天気が良かったので先週末に雨で断念した古光山に同級生と登って
    楽しんできました。快晴だったのですが風が冷たかったです。
    24日は雨予報で、25日にでも参加出来ればと考えています。

  3. 仏のような先輩 より:

    ちょっと覗くのに間がかかりまして、商業課雑誌の記事を拝見するのが遅くなりました。
    パンさんのことの記述、ありがとうございました。私はまだパンさんのことが時々浮かんで来ます。
    本当に「素晴らしい人」でした。
    追悼文を書かせて頂いたものの、先生の文章力や語彙力を思うとお恥ずかしい次第でしたが、ムリを言って掲載して頂きました。
    商業課雑誌の継続は、本当にどうなるのでしょうか?62号までは行きそうな様子であることは、ある先生から伺っているのですが…。     (仏のような先輩より)

  4. wakasahs15th より:

    先輩、お立寄り有難うございます。
    ほんとに素晴らし先生でした。若高時代は特に感じませんでしたが、時間が経過するほど味がある先生(失礼ですが)であることを感じさせられます。
    先輩の追悼文は素晴らしくパン先生も天国で、あの笑顔で読まれていると思います。

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